SSブログ

スマートアグリ

 NHK「クローズアップ現代」が新しい農業をとりあげている.5月20日に放映されたものだ.タイトルは「農業革命“スマートアグリ”」.
 その内容(要旨)は次の通り:

- いま国や農業関係者が熱い視線を注いでいる国がある。九州と同程度の面積にも関わらず、世界第2位の農業輸出国であるオランダだ。その秘密は、世界最先端 の「スマートアグリ」。日本のIT農業や植物工場とは桁違いの規模と徹底ぶりで、トマトやパプリカなどを栽培している。東京ドーム何十倍もの敷地、光量や CO2濃度など500以上の項目で制御された人工繊維の畑。さらに、コンサルタントが研究機関の先端技術と農家を結び、常に最適な農業が追求されている。 いまTPP交渉への参加に揺れる日本の農業。各地で“日本型スマートアグリ”構築の模索が始まっている。最先端のスマートアグリの実態と日本での可能性を取材し、日本農業のこれからについて考える。
  (NHKのホームページ
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3349.html
から転載)

 とーとつですが,ここで少し脱線します.
 この短い文章の中に「最先端」という語が2つ,「最」のつかない「先端」が1つ出て来る.いずれも不要な語である.すべて省略しても文意や文の流れに何の影響もない.大げさに言いたいとき,何かを立派に見せたいとき,視聴者を煽動したとき,NHKはこうした誇張表現をよく用いる.
 それに「先端」は最近のNHKが特に好んで用いる語の1つである.この語が出てきたら,「また洗脳放送だ」と考えた方が良い.

 そういう訳で,この話題ももちろんTPPとの関係で取り上げたのだろう.農産物の貿易自由化を警戒する農家は努力が足りないんだ.世界の先進技術を勉強して,工夫をこらした農業でTPPを乗り切れば良いではないか.というふうなメッセージが背後に見え隠れしている.

 上記のような誇張表現を無視して普通に素直に眺めれば,オランダの農業は興味深い.ふ〜ん,そうなんだ.と感心する.しかし,日本の農業の未来はコレだ,というふうな提示のされ方をすると興ざめしてしまう.いつからNHKは,こんな役人顔をするようになったのだろう.昔の「クローズアップ現代」は,もっと機智に富んだ,爽快な番組であったように思う.


 さて,
 一般論として,均一な環境で純粋に1種類の植物だけを栽培すれば,収量は増加すると思う.バクテリアの純粋培養のようなもので,夾雑物(他のバクテリアなど)をいっさい排除すれば,菌の密度は著しく増加する.植物栽培でも,それと同じような現象が期待できる.たぶん理想的なのは実験室内のような環境で水耕栽培をすることだろう.それに近いものを広大な面積で実施すればよい.しかし,これには困難がいろいろ予想される.その1つが害虫・害獣・雑草対策だ.

 農地の周囲に豊かな自然があれば,さまざまな生物が農地に侵入して来る.夾雑物のない純粋培養のような農地は侵入生物に弱い.特に昆虫は好適な条件があれば,こういう単純な生態系の中で大発生して,大きな被害をもたらすことがある.だから恐らく殺虫剤の使用は不可欠で,大規模な農園ではその使用量も大規模になる.これは名案とは言えない.

 殺虫剤よりも,もっと良い方法がある.それは農業それ自体を,他の生物があまりいない環境で実施することだ.日本の山村では自然が多く残っているので,農地に害虫も入り込みやすい.だから最良の害虫対策は,都市部で農業をすることだ.そもそも町の中なら昆虫が少ないし,どういう昆虫が農地に入り込み易いかを予測できて,対策も立てやすい.
 つまり,このオランダ式農業は,自然をとことん排除することに成功のカギがある.広大な均一な農地を確保するためには,それよりさらに広大なエリアを大規模に自然破壊する必要がある.日本の国土でそれをするのは無理である.可能であったとしても,やってはいけない.

 蛇足ながら... 自然破壊とは「自然を破壊すること」ではない.農業は多かれ少なかれ自然を破壊する.しかし,やがて自然はそれなりに回復し,農地も含め新たなバランスができあがる.それが日本の里山だ.一方,オランダ式大規模農業は自然をとことん排除し,破壊し尽くしてしまう.破壊された自然は決して回復することはない.これを自然破壊という.

 オランダと日本の違いは2つある.まずオランダはそもそも平地しかない国である.日本は山の国だ.オランダでは大面積の平坦な農地を確保しやすいが,日本では難しい.これが第1点.
 第2に,そもそもオランダほどの緯度になると昆虫そのものが少ない.おまけにヨーロッパの農業は自然をひどく破壊する.たとえば羊を飼うと,あたり一面が芝生になる.世界中が羊を飼えば,地球から森林が消えてしまうだろう.ヨーロッパはそういうスタイルの農業(牧畜)をやって来た国々である.だから貴族の領地などを例外として,昆虫相は著しく貧弱である.日本の風土はその対極にある.

 オランダ式「スマートアグリ」は興味深い実践である.しかし日本でそれを大規模に実施することには,私は自然保護の立場から反対を唱える.それにオランダ式農業の礼賛は,TPPの日本農業への影響から目をそらせるための宣伝という色合いが強い.テレビの視聴者は頭を冷やしてもう一度よく考えてみたほうが良い.
nice!(3)  コメント(12)  トラックバック(11) 

nice! 3

コメント 12

松田まゆみ

テレビはほとんど見ませんが、これは見ました。第一印象は、農業というより作物生産工場。とにかく農業が自然の摂理からどんどん離れていっているという印象を受けました。このような効率一辺倒のやり方が本当に農業の未来を拓くのか非常に疑問ですし、日本に合った農業ではないと直感的に思いました。

北海道では機械を利用した大規模な畑作が中心ですが、もちろんこのようなやり方は大量の農薬や化学肥料が必要です。作業の手間が省けたり収量が増えたりはしますが、設備や農薬、化学肥料への投資も馬鹿になりません。農薬の悪影響が懸念されますし、土壌も微生物が減ってどんどん劣化していきます。

そのような中で、無農薬有機栽培で頑張っている小規模農家もごく少数あります。大規模農業の弊害の反省に立つなら、こういう農家が見直されていくべきでしょう。できるかぎり自然の摂理に逆らわない農業です。でも、スマートアグリはそれと正反対。TPPを意識した番組であることは容易に察せられ、これはちょっと怖いと思いました。

by 松田まゆみ (2013-05-23 17:00) 

Ladybird

松田様 コメントありがとうございます.
 大規模な畑作の良いことばかりが喧伝されて,その欠点を指摘してくれる専門家,準専門家が少ないというか,声が聞こえて来ませんね.生態系や環境への影響に,もっと目を向けてもらう必要があります.
 それに食料生産を商品経済に完全に組み込んでしまったら,結局は大企業や商社が儲かるだけで,農家は浮上できません.農業の大規模化を煽っているエコノミストは,そのあたりのことも知っているはずですけどネ.
by Ladybird (2013-05-24 01:01) 

Ladybird

shira様,nice!をありがとうございます.
by Ladybird (2013-05-24 01:02) 

Ladybird

yamamoto様,nice!をありがとうございます.
by Ladybird (2013-05-25 09:23) 

ayu15

それは興味深い方法ですね。

理論でなく感覚的に一定規模ならいいんですが(都市農業など)
里山には・・・。

循環する土地に組み込まれた農業も残した方がいいように思えます。
by ayu15 (2013-06-12 18:31) 

Ladybird

 今の山村には人が住まなくなってきています.国からは「コメを作るな」などと指導されて,水田が激減.
 じつは昨日,山村に住む友人からイノシシ肉をもらいました.これも過疎化のご利益?
by Ladybird (2013-06-13 03:02) 

Ladybird

ayu様,nice!をありがとうございます.
by Ladybird (2013-06-13 07:58) 

R

はじめまして。
「スマートアグリ 欠点」で検索してきました。
私の仕事はIT系で、農業は詳しくないのですが…

上記でも記載されてますように、害虫の駆除方法・意図的あるいは、偶然による、毒物・汚染に対する対策って、考えてるのでしょうか?

また、一部の企業による、食料の独占状態。
これは非常に脅威かと思われます。
可能性は低いかもしれませんが、企業が勝手に食料の値段を決められると言う事にならないでしょうか?

使い方によっては非常にメリットがある、スマートアグリですが、その辺の記事を書いているのが見当たりませんので、ここへ書かせていただきました。
by R (2013-08-13 18:59) 

21

害虫に対する対策は、天敵の虫を放つことでされているようですね。
by 21 (2013-08-16 11:03) 

Ladybird

 Rさん,21さん,コメントありがとうございます.私事た多忙を極めていて,ついお返事がおろそかになってしまいました.

 害虫に対しては殺虫剤しかありません.天敵の利用は小規模のハウス栽培ならともかく,大面積,大規模な農場に対して使用するのは難しいのでないでしょうか.農薬の代用品として使いやすいように,遺伝的に改変した昆虫(たとえば飛翔能力をなくしたテントウムシ)などの利用が考えられますが,こういう昆虫を放つこと自体が自然破壊につながる可能性があります.

 一般に天敵昆虫の使用は生物多様性をじょうずに農業に組み込むことで害虫による被害を軽減させる,という発想が日本では一般的です.スマートアグリは「純粋培養」の発想ですから,天敵昆虫の利用は木に竹を継ぐようなスタイルになります.これがどれほど実現困難なことであるかが,一般にあまり認識されていないように思います.
by Ladybird (2013-08-16 18:19) 

履歴書の書き方

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
by 履歴書の書き方 (2014-01-02 11:02) 

Ladybird

 コメントありがとうございます.またお立ち寄りください.
by Ladybird (2014-01-06 02:48) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 11

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。