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両者の比較

 放射線が惹き起こす「晩発性障害」についての2つの記事,沢田氏の計算とBEIR VII の報告を紹介した.時期を逸してしまった感はあるけれど,いちおう総括してみたい.

 まず目につくのは両者の間での数値の著しい違いです.

 沢田氏は次のように言っている.
- 被曝なしでも100人のうち0.186人がガン死.
- 100mSv被曝すれば,さらに0.015人がガン死.

 一方,BEIR XII は次のように言っている.
- 被曝なしでも100人のうち20人がガン死.
- 100mSv被曝すれば,さらに0.5人がガン死.

 そもそも「被曝なし」のときの数値が,ざっと2ケタ違う.
 人はいろいろな理由で死ぬ.死ぬ原因は社会環境や,特に医療技術の発達に応じて変わってくる.しかし,いずれ死ぬことは確かである.「ガンによる死」が増えた理由は,「感染症による死」が減ったからである.近年は「ガンによる死」が減って,その結果として高血圧や心臓機能に関係する死が増えている.つまり死亡統計というのは,なかなか一筋縄では処理できない.

 そういう面倒な話はひとまず措いて・・・
 単純に「被曝した人」と「被曝してない人」とを比較するには,最も考え易い方法は,「被曝した人」(実験群)と「被爆してない人」(対照群)を設定し,この人たち全員が死ぬまで待ってから,死亡原因を比較することだろう.確証はないが,BEIR VII の報告は多分そのような数値だろう.
 一方,沢田氏の挙げている数値,つまり被曝なしで100人中0.18人がガン死というのは,あまりに小さい.たぶん日本人の「1年あたりの」ガンによる死亡率というのであれば,まあ大体そのような数値になるのでないか.
 BEIR VII のほうは「全死亡者数」を分母にした累積の数値であるのに対し,沢田氏のほうは,現に生きている健康人まで含めた全人口を分母にした「1年あたりの」数値である,というような違いかもしれない.
 もっと別の,トリビアルな解釈も可能である.それは沢田氏が単にケタ数を取り違えてしまったというもの.いずれにせよ,沢田氏の挙げている数値は,そのまま受け取るには小さすぎることは確かです.

 沢田氏が参照している元データは「昭和43~47 年における広島県内居住被爆者の死因別死亡統計」という論文で,それは広島大学の原医研年報22 号;235-255,1981に掲載されたものである.一方,BEIR VII のほうは2006年に発表されたもの.両者の間には数十年の開きがある.そしてBEIR VII は,統計の取り方を改良したことを強調し,改良点の1つとして被曝線量の推定方法を挙げている.
 それ以上のことは私にはわからない.被曝線量の推定,特に内部被曝をどのように推定したのかは,私には全く理解できてない.

 線源を体内に取り込んだ場合,ガンマ線であれば,おそらく体外に測定器を置いて検出されるのだろう.しかしベータ線は体内で止まってしまって,外部に出て来ないかもしれない.沢田氏による内部被曝の解説は,次のように言っています.
- X 線やガンマ線は透過力が強く、エネルギーにもよりますが、人体を通り抜けるくらいの透過力です。ところがベータ線は体内では数センチメートルでエネルギーを失ってストップします。(中略)ガンマ線は薄 い腸壁にまばらな電離作用を行って通過するので、かなりの高線量のガンマ線でなければ腸壁は傷害を受けないので下痢は始まらない。これに対し、放射性物質を飲食で取込むと、腸壁に放射性微粒子が付着して、主にベータ線によって腸壁に密度の高い電離作用をおこなって腸壁に傷害を与えて下痢を発症させます。

 というふうに,内部被曝を考える場合,ベータ線は重要であるらしい.
 しかし前回も書いた通り,BEIR VII の報告はベータ線を扱ってない可能性もある.内部被曝の大きさをどのように推定するか,特にベータ線の影響をどう捉えるかは,今回扱った2つの報告では,十分にカバーされてないように思います.
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ayu15

専門的(そう感じます)で素人に分かりにくいんですが
こういう考察もいいですね。

被曝が原因なのか特定ししくかったり(証明がどこまでできるか)因果関係あってもどの程度まで関与してるのとか。


うち個人の価値観ではガンでなくなること自体はどうしようもなくても原発がすこしでも要因なら怒りたくなります。


いろいろ疑問があるんですが、その一つで放射性物質が生命体に及ぼす長期的・世代的研究ができていないことです。
(戦後に実用化なので100年とかの研究できてないはず)
ものがものなので他の分野以上に長期研究が必要に思えます。生態系へのかかわりの研究も。
by ayu15 (2011-05-23 09:51) 

Ladybird

 shira様,ayu15様,nice!をありがとうございます.
 コメントもありがとうございます.

> 素人に分かりにくいんですが
 私もこの分野は素人で,そのぶん説明がわかりにくくなっているかもしれません.

> 原発がすこしでも要因なら怒りたくなります
 私もそう思います.それに100人中0.5人というのは,けっこう大きなリスクですね.
 まあ,それは100mSvのときの話で,たとえば10mSvの被曝であれば,リスクも10分の1になるわけです.つまり1000人中0.5人です.つまり2000人に1人.これでも「そういうリスクは負いたくない」という人は多いでしょうね.

> 放射性物質が生命体に及ぼす長期的・世代的研究
 BEIR VII は,遺伝的な影響は検出されなかったと言っています.しかし,遺伝的な影響は,ほとんどの場合まず初期発生の不具合,流産死産という形で表れるでしょうね.それを免れて生き残った胎児が,こんどは奇形その他の先天異常となる.それも免れた一見正常な子供が若くして死ぬ.そういうふうに場合を分けて本格的に調べないと,被曝の次世代への影響は,なかなか検出できないでしょう.
 統計的,疫学的に影響が「検出されない」ということは,影響が「ない」ということではありません.
by Ladybird (2011-05-23 21:22) 

Ladybird

 自己レスです.
 「日々坦々」さんが「週刊現代」の記事を紹介しています.その一部を転載します:

「全国の原発施設には、体内に取り込まれた放射性物質と、そこから出る放射線を測定する『ホールボディカウンター』が設置されています。実は福島第一で事故が始まった3月11日以降、計測の結果、要精密検査となる数値の1500cpmの内部被曝をしている人が続出しているのです。しかも発覚した4956件のうち、4766件は現場の復旧作業員でもなんでもなく、ただ『福島に立ち寄ったことがある』だけでした」柿沢氏の質問を受け、答弁に立った原子力安全・保安院の寺坂信昭院長は、その事実をあっさりと認めた。しかも、実際には1500cpmどころか、「1万cpm以上」という異常な数値を示したケースが1193件もあったというのだ。
(中略)
内部被曝の影響に関する権威で、名古屋大学名誉教授の沢田昭二氏はこう語る。
「cpmは被曝しているかどうかの目安となりますが、1万cpmなどという数値は、深刻な値です。計測されたのは、おそらく体内に取り込まれたセシウムによるγ線でしょう。セシウムからは、内部被曝においてもっとも影響が大きいβ線も出ますが、こちらはホールボディカウンターで測れません。β線は透過力が弱いので体内に留まりやすく、電離密度が高いため、体内でDNAなどの細胞を切断する確率が大きくなる」

 つまり沢田氏の言葉に従うならば,内部被曝において重要なのはベータ線である.そのベータ線はホールボディカウンターでは測定できない.
by Ladybird (2011-05-26 02:54) 

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