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シオマネキ・オフセット

 「新堀川」という本が出た.蓋をされ,道路になってしまった川の記憶を,近所の人たちが中心になって出版した.
http://blog.livedoor.jp/uradowan/archives/51472438.html

 この川にはシオマネキがいた.このカニの「保護」と称してとられた施策は最低だった.工事を推進したい高知県土木部は,この川とは別の場所に干潟を造成し,新堀川のシオマネキを捕獲して,その造成干潟のほうに「移植」した.こうしてシオマネキは保護されたのだ,という「美談」を土木部はでっちあげた.そして,自分たちはこれほど自然に配慮しているのだ,とアピールした.
 これはもちろん間違いである.このことは過去に何度も書いた.このブログにも書いたと思う.しかし再度ここで簡単に述べる.

 最大の間違いは,自然保護を「個体」の保護と同一視したことである.個体の保護が自然の保護なのだ,という一般的な風潮ないし常識が市民の間にあった.それを高知県土木部は利用した.そしてシオマネキの個体を「保護」して別の場所に避難させたことを,声高に宣伝した.
 本当に大切なのは個体の保護ではない.新堀川のシオマネキの保護とは,シオマネキの個体群,つまりローカル・ポピュレーションの保護でなくてはならない.「個体の保護」から「個体群の保護」に視点を変えたとき,高知県土木部の行なった「保護」は,全く違う物語となる.

 カニの子供はプランクトンである.どのようなカニでも,子供時代はプランクトンとして海で過ごす.だから親ガニは,いかに陸上生活に適応していても,繁殖のためには海の近くまで行かねばならない.唯一の例外はサワガニで,サワガニの子供はプランクトンであるべき時期を卵の中で過ごす.だからサワガニの子供は,卵から孵化した時点ですでにカニの形をしている.
 サワガニと違って,シオマネキの子供はプランクトンである.海で一定期間を過ごした後,海岸や河岸の適切そうな場所に漂着し,カニとしての生活を始める.生活できるための条件が整ってない場所に漂着した子ガニは,そこで死に絶えるしかない.高知市とその周辺にはシオマネキの生息地は稀であるから,つまりシオマネキが生活できる条件の整った場所は非常に少ないことになる.逆に,そういう条件のある場所なら,わざわざ親ガニを移植しなくても,すでにシオマネキはそこに生息しているだろう.

 高知県土木部は2つの作業をやった.第1に人工干潟を造成した.第2に,新堀川のシオマネキを捕獲して,その人工干潟に「移植」した.
 何度も書くけれど,自然保護で重視すべきは個体の保護ではなくて,個体群の保護である.個体には寿命があり,その個体が死んだら終わりであるが,個体群に寿命はない.自然保護は個々の個体の生死ではなく,個体群が世代を継いで存続していくことを主眼とせねばならない.
 そういう観点から見るとき,上記の第2の作業(シオマネキの「移植」)がいかに無意味なものであるかが判る.仮に人工干潟が,シオマネキが生息できる条件を備えていたとしよう.すると親ガニを移植しなくても,稚ガニが漂着して住み着くだろう.親ガニを人工干潟に移しても,稚ガニが住み着く確率は変わらない.つまり「個体群の保護」という観点から見る限り,親ガニを移植する作業は,それを実施するメリットはなく,実施しないデメリットもない.
 一方,行政としては「カニを保護した」という業績をアピールし,カニの保護に関心のある市民の多くを納得させることができる.さも効果があるような宣伝をして偽薬を売りつける詐欺のような手法である.

 次に,第1の作業,つまり人工干潟の造成についてはどうか.これもさまざまな問題を含んでいるが,もうここでは詳述しない.
 そのかわり話のついでに指摘しておきたいのは,今後どうやら流行しそうな「生物多様性オフセット」の手法との類似性である.生息地A(新堀川)を破壊する.その代償として生息地B(人工干潟)を造成する.Aで失われるぶんをBで補う.それで良いではないか,というのが「生物多様性オフセット」である.事業によって生物多様性が減るのなら,生息地を造ることで減少ぶんを補う.この原理を経済に組み込めば,そこに市場原理が働き,それが生息地保護のインセンティヴとなるのだと.これは尤もな議論に見える.

 しかし具体的な事例に当てはめると,どうだろう.たとえば新堀川のシオマネキである.人工干潟の造成はシオマネキを救うだろうか?
 愚問ですね.仮に人工干潟がシオマネキを救ったとしても,それは一時的なものでしかない.自然は推移する.人工干潟という環境も年月の経過とともに推移する.推移の結果どうなるかは誰も予測できない.シオマネキの生息に好都合な方向に変わるだろうなどとは,期待するだけ愚かというものである.
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Omotehama

よく、拝見させて頂いています。まさに同様な個体の移植に囚われている保護活動の誤解を解こうと試みていますが、なかなか理解が進まないのが悩みの種です。
by Omotehama (2010-06-22 18:19) 

Ladybird

Omotehamaさん,こんにちは,
 コメントありがとうございます.ウミガメの記事を興味深く拝読いたしました.動物愛護の気持ちは大切にしたいものですが,それだけでは自然保護に結びつかないようですね.
by Ladybird (2010-06-23 02:56) 

Ladybird

のんきなオジサンさん,nice!をありがとうございます.
 セイタカシギが繁殖しているんですね.
by Ladybird (2010-06-23 03:01) 

Omotehama

個体の保護に拘る気持ちは理解出来ない訳ではないのですが、そこを利用しようとする行政と姑息な既得権(田舎特有なんですが)によって翻弄され続けています。そこが確執的な問題なので結構大変です。取り巻く者(退職され、ボランティアで活動する方々)に譲歩しながらですが、少しずつでも本質的な個体群の保護に関心が移ってくれればと願っているのが現状でしょうか。「子ガメ1匹を救いたい」という言葉と共に、孵化場に強引に移植され、さらに放流会や観察会に子ガメが使われています。
by Omotehama (2010-06-23 08:42) 

Ladybird

>「子ガメ1匹を救いたい」という言葉と共に、孵化場に強引に移植され、さらに放流会や観察会に子ガメが使われています。

 頭の痛い問題ですね.動物愛護の気持ちは大切にして欲しいけれど,間違った自然保護は良い結果に結びつかないと思います.「緑」を自称し,緑っぽく見えるけれど,最近は「白か黒かわからない緑」が多いので困ってしまいます.
by Ladybird (2010-06-23 21:41) 

shira

 私がこの記事を読んで思ったのは、行政側には
 「そもそもカニなんぞ保護することに利益などない。オレたちはそんな無利益なことまでやってやったのに、何をこれ以上文句を言われる筋合いがあるのだ。」
 という想いがあるんじゃないかということです。
 物事を利益でしか考えられないガキのような大人がすっかり増えてしまってますからね。
by shira (2010-06-24 22:34) 

Ladybird

shira様,nice!とコメントありがとうございます.
 シオマネキは高知県のレッドデータ生物なので,県としては保護しない訳にはいかないでしょう.タテマエからすれば道路建設そのものを計画変更すべき事例です.
 今回のような子供だましの方法で強行できてしまうのは,県庁内でいかに土木部が発言力が大きいかを示しています.
 形さえ取り繕えば良いのだ.カニの保護なんて関係ない.というのが土木部の本音でしょう.
by Ladybird (2010-06-24 23:27) 

kn

生物多様性オフセットのことを「愚問」として一掃していますが,はたしてそうでしょうか?

そもそも,貴重な生物種が存在するハビタットを破壊してしまう事業を実施することがオカシイのです..

事業を行うかどうかの検討をして,もしどうしても事業を行う必要があるなら,まず事業による生物多様性への影響の「回避」を検討します.それでも残ってしまう影響に対して,影響の「最小化」が検討されます.「回避」「最小化」といった手法を用いても残ってしまう影響に対してのみ,代償(生物多様性オフセット)が行われるのです.

生物多様性オフセットは開発の免罪符ではありません.

生物多様性への影響に対して何も策を行っていない日本は,ハビタットが損失し続けていることが現状です.

生物のハビタットを損失しても何もしない「ノ-アクション」と,影響を回避し最小化し代償を行って損失補償を行うことと,どちらがいいでしょうか.


by kn (2010-12-23 15:40) 

Ladybird

 knさん,コメントありがとうございます.オフセットにどう対応するか,スタンスが私と微妙に違っている,というところでしょうか.

>生物多様性オフセットは開発の免罪符ではありません.

 う〜ん.開発側は免罪符だと見なすでしょうね.
 自然保護を主張する側は純粋ですが,開発側は金銭がらみです.利用できる論理は何とでも誤解曲解して利用するでしょう.

>生物のハビタットを損失しても何もしない「ノ-アクション」と,影響を回避し最小化し代償を行って損失補償を行うことと,どちらがいいでしょうか.

 真面目に問いかけられているのでしょうから,真面目にお答えします.
 反対の姿勢を変えないことは,結果的に開発側が勝ったとしても,「ノーアクション」と同一ではありません.
 一方,もし開発側が「免罪符」を手にしたら,次回も次々回も同じ論理で自然破壊を繰り返すでしょう.「損失補償」さえすれば自然破壊OKだ,という前例や慣行を作ってしまうことになります.開発側は大喜びでしょう.

 私の立場を原理主義,knさんの立場を現実主義,とでも呼ぶことにしますか.現実主義は交渉によって妥協点を探すわけですが,皆が現実主義ばかりだと,開発側から引き出せる譲歩も限定されたものになるでしょう.原理主義が強い発言力をもつ状況下で交渉すれば,開発側も大きく譲歩せざるを得ないでしょう.交渉とはそのようにするものです.「ノーアクション」などと蔑んではいけません,

 なお,私はオフセットがすべてダメだとか言うつもりはありません.ただシオマネキの一件に関しては,オフセットの論理で自然破壊が大手を振ってまかり通るようになる可能性があるので,警戒を呼びかけているわけです.新しく造成した「生息地」が本当に生息地として機能しているのかを,むこう10年ぐらいはモニターすることとか,もしシオマネキの生息数が開発側の予想を大きく下回るような事態が生じた場合どうするか? といった点をしっかり取り決めておくべきだし,そういう取り決めが現実的に難しいのであれば,事業そのものを実施すべきでないでしょう.最小化,代償,補償といったオフセットの図式だけでは,シオマネキの未来は非常に暗いと言うしかありません.
by Ladybird (2010-12-26 00:07) 

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